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東京地方裁判所 昭和28年(ヨ)4053号 決定

申請人 山崎林弥

被申請人 国

訴訟代理人 横山茂晴 外一名

主文

被申請人が昭和二十八年九月一日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

一  申請人が横浜市神奈川区宝町に基地をもつ横浜兵器廠の駐留軍労務者として被申請人国に雇われ、同廠モータープールの自動車運転手として昭和二十五年十一月十一日から勤務してきたところ、昭和二十八年九月一日付をもつて被申請人から解雇の意思表示を受けたことは当事者間に争いない。

二  申請人は右解雇の意思表示は、申請人らの平素の正当な組合活動の故になされたものであるから不当労働行為であつて、無効であると主張し、被申請人は、申請人を解雇した理由は(一)申請人は横浜兵器廠に運転手として勤務し、軍用車輌の運転に従事していたが、軍用車輌の取扱については昭和二十六年四月二十四日付日本兵站司令部回章第十号g項(1) によつて錠前を掛け又は整備中のモータープール内に置く場合を除き、何時たりとも無人のまゝ軍用車輌を離れることを禁止せられていたに拘らず、申請人は昭和二十八年八月十一日午前十二時項右指令に違反して軍の非警備地域である横浜兵器廠本部前道路上に、錠前を施さずに、軍用車輌四分の三トントラック(車輌番号YOD一〇七)を無人のまゝ放置しておいたことさらに(二)申請人は昭和二十八年六月九日午後一時頃横浜市内西平沼交叉点附近で自動車を運転中、佐久間四郎が自転車に乗つているのを追越した際、自転車に接触し同人に傷害を与え、一週間の運転免許の停止を受けたこと、であると主張する。

疏明によれば申請人に被申請人の主張するような右の(一)(二)の事実のあつたことを認めることができる。しかも右(一)の事実については、疏明によれば、米軍において軍用車輌は兵器の一種とせられ、軍人が錠前を施さずに監視区域外に放置しておいた場合は重く処罰されることになつていること、申請人が当日車輌を離れたのは、所属組合の食堂で昼食をするためであつたが、右の駐車場所は横浜兵器廠の前であつて、車輌を警備地域内である部隊構内に入れ、上級者の許可を得て食堂に行くことも極めて容易であり、また、所属モータープールまでは自動車で約二分の距離にあり、一且車輌を戻してから食事に出ることも敢て難事でないばかりでなく、ことに当時は右駐車場所の道路を隔てゝ反対側にある日産自動車横浜工場において争議中で、会社側は工場を閉鎖し、バリケードを設けて労働者の会社内への立入りを禁止し、労働者側は工場前の道路上に集合し、多数の応援団の応援を得て、会社側と交渉を求めるなどの騒ぎのあつた時でもあつたことも認められるから、運転手としては、錠前を施さずして、道路に車輌を放置しておくようなことは、一層避けるべきであり、このような注意を怠つたことについて、申請人に全く責任がないということはできない。しかしながら疏明によれば、申請人所属の横浜兵器廠においては、前記回章による指令はそのまゝ実際守られていたわけではなく、軍用車輌にも錠前を施す設備のないものが幾多あり、昭和二十六年一月頃、モータープールの運転従業員に対し、鍵をかけて車の見える範囲内の位置で監視せよという命令が出たときにも、労務者と関係係官交渉の結果、ゲートのあるところでは鍵をかけないでよいが、一般道路においては車を離れるときは監視できる範囲内にいなければならないと改められている。また、前記回章の指令も労務者全般に周知徹底させて指令の励行を図つたわけでもなく、申請人の所属するモータープールにおいてはわずかに、昭和二十七年一月頃モータープール服務規定なるものを設け、この中に自動車操作基準として、交通規則運転規則の章下第十一項に、錠をかけた場合又はガードの立つている門内等のほか運転手は車より離れることはできないとして、前記回章の指令の趣旨を盛つた規定があるけれども、この服務規定も、ぼう大な綴込になつており、これを申請人ら労務者に対し周知徹底させようとする努力に欠け、この規定を印刷した冊子も全部の運転手に交付したわけではなく、わずかに何人かの運転手に交付して読ませ、またあるグループで勉強させたことがあるだけで、後にはこれらの冊子をテストルームに備えて閲覧に供したというに過ぎず、なお従来モータープール内において車輌を部隊前に駐車して車を離れた事例も稀ではなく、しかも何の被害もないにかゝわらず車を離れたという理由だけで解雇せられた事例はなく、ある者は車を放置して盗難に遭い、一旦解雇せられたにかゝわらず、その後再び運転手として雇入れられておる。一方前記服務規定第十二項にも「軍用車輌を運転する運転手が、その不注意怠慢規則無視などにより事故を起したり人間にけがをさせたり又は資産に大きな損害を与えたりした場合は、その運転手は解雇され、運転手としての再就職は禁ぜられる」と記載されているけれども車輌を放置しただけの場合についてそのような処罰の規定は存在せず、申請人ら日本人一般労務者も車輌の放置自体をそれほど重大な職務違反であるとは考えていなかつたことが認められる。もつとも、さきに認定したように、申請人としては本件駐車場所に駐車しなければならない必要があつたものとは考えられないが、被申請人の主張するように申請人が食事時間中に非警備地域に駐車することによつて不当に時間外手当の支給を受けようとしていたものと認定するには疎明が十分でなく、また当日の日産争議の状況も、前に述べたように、ある程度警戒すべき事態であつたには違いないが、当日は労働者側が、会社側の団交を拒否して工場閉鎖をするなどの態度に対し抗議するため午後一時から五時までの予定で催された総けつき大会であつて、当日は正午前に横浜、鶴見、戸塚の日産分会組合員約五千名は既に入場して居つたが前日と違い、特別変つたことはなく、正午過ぎ日産分会さん下の各支部組合員が入場し始め、十二時三十分には殆んど入場を終え、その間何等の紛争を起した事実のなかつたことが認められるのであるから、右日産分会の大会の模様も被申請人の主張する程警戒を要する切迫した危険状態であつたとは認められない。車を放置することを禁ずる主な理由が、盗難等の事故防止のためであることは推測するに難くないが、駐車の場所は兵器廠のガードのすぐ前であつて、比較的警戒のし易い場所であり、申請人が食事をした場所からも監視することのできる場所であり、また一般の自動車を運転する者では運転することができないような措置を講じておいたことは疎明によつて認められ、自動車を放置したことによつて、何らの被害のなかつたことも当事者間に争がない。

そうだとすれば、特に申請人の場合に限り、解雇をしなければならないほどの納得しうべき理由が認められない。

次に(二)の行為についても、疎明によると、当初はこれが解雇の理由として表明せられていなかつたものを、後に至つて解雇理由に附加えられたものであつて、右の事故も不起訴処分となり、また運転免許証も申請人の主張が容れられて十日の期限前に返還せられておることが認められる。

なお疎明によると、申請人らの雇入、解雇に関する事務を取扱つていた神奈川県横浜渉外労務管理事務所長も申請人に対する解雇の通告前、何等かの懲戒処分をすることはやむを得ないとしても、解雇まですることは相当でないものと考え、これを中止せしめるため横浜兵器廠司令官その他に対し折衝していたことが認められる。このことは、(一)(二)の事実だけでは解雇しなければならない程重要な職務違背であると者えられてなかつたことを裏書するものである。

三  他方申請人の組合活動について考えてみるに、疎明によると、次の事実が認められる。即ち申請人の勤務していた横浜兵器廠の従業員は、その周辺の駐留軍要員とともに横浜兵器本廠労働組合を組織し、申請人は昭和二十七年四月以来この組合員であつたが、昭和二十七年十月まで職場委員、同年十二月より昭和二十八年四月まで副組合長(この間教宣部長を兼任)、昭和二十八年五月より同年九月二十八日まで書記長に就任してきた。そしてこれらの間申請人は、組合が昭和二十七年十月占領下の労務基本契約を早期に改訂せよとの運動方針を決定し、全駐留軍労働組合もまたさん下組合に指令してゼネストの気運を盛上らせ、十二月に至り給与改訂年末手当斗争と合併して実力行使の段階に入つた際、副組合長として企画部長鈴江正博と共に斗争指令の発令青年行動隊の編成等を指導し、次いで昭和二十七年十二月十七日行われた二十四時間ストライキの時には、通用門にあつて先頭に立つてピケツトラインを張り、これを突破しようとする軍用車との間に紛争を起し傷害事件の発生すら見るに至つた。そしてこの斗争期間中教宣部長として宣伝活動の重要部面を担当し、Y・O・D機関紙及びビラなどの主筆となつた。また昭和二十八年五月初頃モータープールで軍側が従来の週四十四時間制を四十八時間制に改訂実施しようとし、組合がこれに反対して神奈川県渉外労務管理事務所に対し数回団体交渉を行つた際申請人は交渉委員の一人として活動し、ついに軍の勤務時間改訂を撤回させ、さらに、昭和二十八年六月モータープールで、新任の司令官が「運転中の喫煙を禁止する、就業時間前に車輌の点検整備を終ること、従来行われてきた出産、結婚褒賞の休暇を取消す」旨の命令をした際にも、申請人は率先して司令官と会見し、これらの指令を撤回或いは一時中止を確約させ、昭和二十八年七月二十九日、三十日の両日に行われた四十八時間ストライキに際しては、その当日矢田吉次とともに部隊保安将校と保安について取決めを行い、またY・O・D部隊のピケの責任者ともなつたのである。

申請人には以上の通り労働組合活動をしてきた事実が認められるのであるがさらに疎明によると、申請人は書記長に就任したのちY・O・D機関紙「YOD」の編集責任者としてその名を機関紙に掲示して発行しており、また昭和二十八年五月頃から軍用車輌運転手に対する直接の責任者(トラックマスター)となつたマッカーシー伍長は組合活動特に幹部に対し反感をもち、夜勤班控室に来て組合のビラを持去り、また掲示をはいでもつていつたり、或は組合役員改選の投票箱を足蹴するなどの行為があつた。これらの行動に組合員は憤激して組合活動を圧追するものだという理由で司令官ウイルドン大佐に転勤を要求し、同伍長は二、三日後庶務係となつたのであるが、この交渉には申請人は青柳、足立委員等とともに主として折衝したのでマッカーシー伍長は転勤後申請人ら右三名の日常の行動を監視していた事実が認められる。

すでに述べたように、被申請人の解雇理由として主張するところは、特に申請人を解雇しなければならないと思われるほど重要な事由がないに反し、一方申請人に以上述べたように顕著な組合活動があり、それに直接の責任者が反感をもつていた事実などを綜合すると駐留軍側において、本件の解雇の意思を決定するに至つた意図は、申請人の平素の組合活動の故であると推断しなければならない。もつとも疎明によると、横浜兵器廠においては駐留軍労務者に対する人事は人事係の所管するところで、組合関係は保安係の所管に属することが認められる。しかしながら特別の事情なきかぎり、駐留軍労務者の人事に必要な資料を集めている人事係においては、保安係を通じてこのような事実を知つているものと認めるのが相当であるから、このことだけでは駐留軍側の不当労働行為意思を否定することはできない。

四  あるいは、被申請人はいうかも知れない。被申請人は駐留軍側の要求に基いて解雇したまでであつて、雇用主である被申請人たる国においては不当労働行為の意図を有していたものではないと。なるほど日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定第十二条第四項、特別調達庁設置法第十条に基く都道府県知事への委任事務の範囲を定める政令第三条と当裁判所に顕著な労務基本契約(右行政協定の条項に依拠して特別調達庁長官とアメリカ合衆国の契約担当官とが昭和二十六年七月一日締結した日本人及びその他の日本在住者の役務に対する基本契約)の条項によると、駐留軍労務者はアメリカ合衆国軍隊又は軍属の現地の労務に対する需要を充すために、日本国当局特別調達庁の委任する都道府県知事が労務者を雇入れて提供し、駐留軍の労務に服するものであつて、国は駐留軍労務者に対し雇用主ではあるけれども、使用主は駐留軍である。そして労務基本契約第七条によれば、労務者は駐留軍の指揮監督を受け、これを駐留軍において使用するか否かについての駐留軍契約担当官の決定は最終的で、日本国当局もこれを承認しなければならないことになつている。しかし本来駐留軍労務者は駐留軍が雇入れるべきところを、政治上の特別事情から国が雇入れて駐留軍に労務者を提供する形をとつたのであつて、労務者を解雇すべきかどうかの裁量権は本来雇主がもつているところを、このような特別事情から雇主たる日本国当局が任意に契約によつてその裁量権を使用主たる駐留軍に委せたものと解すべきであるから、駐留軍の契約担当官のなした裁量は、そのまま日本国当局が駐留軍労務者に対してなした裁量であり、駐留軍の契約担当官が解雇の意思表示をなすに至つた意図は、そのまゝ日本国当局が駐留軍労務者に対し解雇の意思表示をなすに至つた意図であると解するのが相当である。またこのように解するのでなければ前記行政協定第十二条第五項の「駐留軍労務者の雇用及び労働の条件、労働者の保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は日本国の法令の定めるところに服しなければならない」という規定は全く有名無実となり、労務者の法律上認められた権利は全くふみにぢられることになるおそれがある。前に認定したところによれば、駐留軍契約担当官は、申請人を前記組合活動の故に解雇することを決定したものと認めなければならないから被申請人もまたその結果について責任を負うべく、本件解雇の意思表示は不当労働行為として無効としなければならない。

五  被申請人はあるいはまたこういうかも知れない。駐留軍は強大な基地管理権をもち、前記のとおり駐留軍契約担当官が申請人の使用を拒否する決定をした以上、日本国当局もこれを承諾しなければならないから、本件解雇の意思表示が無効であるとの裁判があつても、契約担当官が右決定を取消さない以上、引続き申請人が横浜兵器廠において勤務することはできないから、事実上就労は不可能であると、しかし裁判所は駐留軍が行政協定第十六条及び第十二条第五項に基いて、日本の裁判を尊重することを期待するものであるし、またもし申請人に対し正当の理由なく就労を拒絶するならば、被申請人は申請人に対し賃金を支給する義務を免れないことは、行政協定第十二条第五項の規定に関しさきに述べたところによつて明らかであるから、このような裁判を求める実益がないとはいえない。

六  してみれば、申請人は解雇が無効であるにかゝわらず、解雇せられたものとして取扱われることは、著しい損害を蒙るものと言わねばならないから、この損害を避けるため右解雇の意思表示の無効であることの確定するまで、右の意思表示の効力の停止を求める本磯処分申請は理由があるからこれを許容し、申請費用は民事訴訟法第八十九条により被申請人の負担とし主文のとおり決定する。

(裁判官 千種達夫 綿引末男 高橋正憲)

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